2021(令和3)年度の介護報酬改定では、すべての介護サービスに感染症や災害時のBCP策定が義務化されました。
筆者は2018年の大阪北部地震で被災しています。このときは大阪北部の20拠点の介護サービスを統括していましたが、その場で判断しなければならないことも多く、現場はとにかく混乱していました。
その後、「このときにBCPに伴う訓練を実施していたらもっとスムーズだっただろう」との後悔から、介護事業所でのBCPの重要性を強く認識したのです。
しかし、このBCPという言葉を、今回の介護報酬改定で初めて聞いたという方も多いのではないでしょうか。
事業継続管理者の資格を持つ立場から、介護サービスでのBCPについて解説します。
BCPとは、Business Continuity Planの略で、日本語では事業継続計画、介護事業では業務継続計画と訳されます。
感染症の蔓延や自然災害の発生などで通常通りの業務ができない際に、どのように行動し、復旧していくのかについて記したものです。
介護サービスはご利用者の生活にとって必要不可欠なものです。
そのため、感染症の蔓延や自然災害といった有事の際であっても、できる限り介護サービスを継続させなければなりません。
しかし、事業所の職員が感染症に罹患する、災害で交通機関が遮断されるなどの理由から、職員が出勤できずに人手が足りなくなる可能性があります。
自然災害が起これば、電気やガス、水道などのライフラインへの影響も考えられ、通常通りの業務が困難となるかもしれません。
また、災害等の発生時には、情報収集、安否確認、方針決定など、事業者として対応が必要なことも多くあります。
このような有事の状況下では、限られたリソースの中から優先するべき業務を絞ることが必要です。
ご利用者やご入居者等におよぶ影響をなるべく抑えながら、早期に通常通りの業務ができるよう復旧を目指す方法が求められます。
BCPに記載するのは、さまざまな状況を想定し、有事の際にはどのような方針に基づいて、どのように行動するのかなどです。
組織の体制や役割分担を決めたり、現場との連携方法なども考えたりする必要があるでしょう。
人類はたびたび感染症との闘いを繰り返しています。
新型コロナウイルス以前にも、SARSやMERS、新型インフルエンザなどが世界的に流行し、多くの人々が命の危機に面してきました。
感染症の流行が次にいつ起こるかは誰にも予測できません。しかしいつか必ずBCPを発動しなければならない事態が起こると言われていました。
ご存知ない方も多いかもしれませんが、2009年に新型インフルエンザが流行したときに、厚生労働省は介護事業所に対して、新型インフルエンザに対応したBCP策定のガイドラインを提供しています。
しかし、このガイドラインに基づいてBCPを策定した介護事業者はほとんどなかったのではないでしょうか。
新型インフルエンザは世界的にパンデミックを起こしました。日本でもマスクが手に入りにくくなるなどの影響がありましたが、感染の発生が一部のみだったことなどから問題は長期化しませんでした。
もしそのときから介護事業者が感染症のBCPに取り組み、感染症のまん延に備えた訓練を繰り返し実施していたならば、今回の新型コロナウイルスに対しても焦らず対応できたのではないかと考えています。
「令和2年7月豪雨」では、九州地方や中部地方、東日本などの広範囲で河川の氾濫による浸水被害や土砂災害が発生しました。熊本県の特別養護老人ホームでも施設が浸水し、多くの犠牲者を出しています。
また2021年8月現在も、西日本を中心に長期間にわたり大雨が続いています。熊本県の有料老人ホームでは、避難の準備をしているときに裏の川があふれて施設が浸水するなど、自然災害による被害は毎年のように全国各地で起こり、多くの介護施設や事業所が被災しています。
近い将来には、「首都直下地震」や「南海トラフ地震」などが高い確率で発生すると予測されていますが、どんな自然災害があったとしても、ご利用者やご入居者のために必要な業務を途切れさせるわけにいきません。
介護事業所では災害時の行動計画を事前にしっかりと決めて、確実に実施できるようにしておく必要があるのです。
2021(令和3)年度の介護報酬改定では、感染症や災害時の対応力強化への対策として、全サービスに対してBCPの策定が義務付けられました。
BCP策定は、大企業であればノウハウややり方がわかっているかもしれません。ですが介護事業者は中小規模が多く、実効性のあるBCPを策定することは簡単ではありません。
そのため、この改定では3年間は努力義務であるとしています。
しかしこれは「3年後に作ればよい」という意味ではないと認識しておく必要があります。
BCP策定までの時間は、サービスの種類や組織体制、規模によっても変わりますが、実効性の有無を検証しない最初の段階のものでも最低2、3カ月はかかります。
確実に実効性のあるBCPに近づけるためには、策定したBCPを職員と共有し、研修や訓練、現場の意見を通じて抽出した課題を継続的に改善するなど、1年はかかると言えるでしょう。
また、新型コロナウイルスの蔓延はまだまだ油断できず、またいつ新たな感染症が流行するのかも予測できません。
ですから、BCPは3年後に取り組むのではなく、今すぐにでも取り組んでおく必要性があるのです。
BCPの策定に必要な内容は主に以下です。
など
これらを実際に現場で活用できるものにするためには、現場の意見を取り入れて決めなければなりません。そのため、計画的に取り組む必要があります。
また、策定した計画に課題や実効性があるかの検証や、実際に行動できるようにしておくことも重要です。
そのためには、研修や演習、訓練などを計画的に実施していくことになります。これまでも実施している避難訓練などと合わせてBCPに基づいた内容も取り入れながら実施していくとよいでしょう。
介護のBCPの作成については、厚労省が作成支援に関する研修動画を配信しています。ガイドラインやひな形も出されていますので、以下を参考にして下さい。
介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修(厚生労働省)
BCP策定の目的は、感染症や自然災害による有事の際でも、影響を最小限にして事業を継続することです。
必要な業務を継続させて利用者や入居者の日常生活を支援し、早急に通常運営の状態に復旧させます。
介護のBCP策定義務化には3年間という長い猶予があるようにも思えますが、感染症や自然災害がその間待ってくれる保証はどこにもありません。
また、BCPは職員の協力がなければ上手く機能しないため、経営者のメッセージとともに職員の納得が得られるような周知が重要です。
介護事業の経営者や管理者には、すぐにでもBCP策定の準備に取り掛かっていただければと思います。
著者:寺岡 純子
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