実際にあったお悩みに対して、主任ケアマネがアドバイスした事例を紹介するっポ!
今回は、母親の物盗られ妄想が酷くて、「通帳や財布を盗った」としつこく言われることに疲弊してしまったさとみさんのケースだよ。
大変な状況だね。認知症にはよくある症状みたいだから、介護をする人は苦労することも多いんじゃないかな。
さとみさんの母親は少しずつ通帳や財布への執着が薄れて、親子の会話も増えたそうだね。
<さとみさん(仮名)62歳>
認知症で要介護1の認定を受けている85歳の母がいます。母は一人暮らしですが、身の回りのことはなんとかできているので、娘である私と妹がときどき様子を見に行く程度です。
買い物も自分で行っていますが、困ったことに最近では何度も同じものを買ってくるようになり、冷蔵庫の中には同じ食品がたくさんあります。
それに、少し前から財布などの大事なものをどこかにしまい込んでしまい、一日中もの探しをするようになりました。
それだけならまだいいのですが、娘の私が財布や通帳を持ち出した、どこかに隠したなどと騒ぎ立て、私が行くとすごい剣幕で泥棒扱いをします。
泥棒などしていないと何度も説明するのですが、まったく通じず理解してもらえません。
いままで母のために一生懸命やってきたつもりですが、こんな仕打ちを受けるなんて悲しいやら、情けないやら。
これから自分はどのように母と接すればいいのかと悩んでいます。
母一人での生活はそろそろ限界ではないかとも感じていますが、私も妹も母との同居は難しい状況です。
認知症の代表的な症状が物忘れです。人は誰でも、年をとると多少の物忘れは出現します。
しかし、認知症の物忘れは単なる物忘れとは違い、起こった出来事自体を忘れてしまうので、約束をすっぽかしたり、食事をしたことを忘れてしまったりするのです。
物忘れが進行すると、大事なものをどこかにしまい込み、誰かに盗られたと思い込むことがあります。
この「物盗られ妄想」は認知症の症状としてよく見られ、特に対応が難しい症状のひとつです。
物取られ妄想は、認知症によって記憶力が低下して、自分がしまっておいた場所を忘れてしまうことで起こります。
「しまった場所を自分が忘れた」とは考えずに、「誰かに盗られた」と思い込んでしまうのです。
認知症になると、「自分は物忘れをしがちだ」と気付きながらも「認めたくない」という思いになります。
その一方で、「また人に迷惑をかけてしまうのでは」という不安が根底にあると、他人のせいにしようとするのです。
また、一人でできないことが増えてくると、家族はよかれと思ってあれこれ伝えたり助言をしたりします。
すると「自分は子ども扱いされている」「自分がダメな人間ように扱われている」と感じ、被害妄想につながるのです。
これは、自尊心を守るための防衛反応ともいえるでしょう。
物盗られ妄想は、一番身近にいて世話を焼いてくれる人、すなわち一番介護をしてくれる家族を犯人として考えてしまう傾向があります。
普段から一生懸命介護をしているにもかかわらず泥棒扱いされれば、どんな人でも気持ちよくはありません。
物盗られ妄想がきっかけで、家族間の折り合いが悪くなることも実際によく見られます。
実際に認知症の人に泥棒扱いをされてしまったとき、「自分は盗っていない」と否定しても相手は納得してくれません。
「そうなの? 財布がないのね」など、まずは否定せずにじっくり話を聞きましょう。
そして、「一緒に探してみよう」と提案し、しまい込んでいそうな場所を探すようにします。
実際に探して見つけられたら、誰かに盗られたとイメージするような言葉や相手を責めるような発言はせず、「ここにありますよ」「見つかってよかったね」「置き場をここにしよう」などと声を掛けます。
もし探して見つからなければ、本人が興味を持ちそうな話題をして、その人の意識が他に向くようにするとよいでしょう。
また、他の家族などの協力が得られる場合は、しばらくは距離を取り、顔を合わせないようにするのも有効な方法です。
泥棒扱いされたからといって感情的に相手を責めたり、自尊心を傷つけるような言動をしたりすると、ますます物盗られ妄想を悪化させてしまいます。
決して気分はよくありませんが、認知症という病気がそうさせているのであって本人が悪いわけではないと、寛容な気持ちで接することが大切です。
周囲の人たちが穏やかに接すれば、物盗られ妄想は次第に治まってくるでしょう。
物盗られ妄想の対応として、さとみさんには「置き場所を統一できるように工夫しましょう」とアドバイスしました。
自分で置いた場所がわからなくなってしまう物盗られ妄想には有効だからです。
このケースでは、「財布はかばんの中」や「通帳は引き出しに入れる」などのメモを書いて、お母さまが置き場所を一定にできるようにしてもらいました。
しばらくは効果があり探し回る頻度は減りましたが、そのうちメモ自体をどこかに失くしてしまい、以前の状況に戻ってしまいました。
認知症は進行すると文字の理解が難しくなります。
お母さまも書かれた文字の意味が分からなくなっているようで、説明して理解してもらうことが困難になってきたと判断しました。
そこで、どこにしまい込んだかがわかるようにキーホルダー型の紛失防止ブザーを購入し、財布と通帳に入れておく対策を提案しました。
紛失防止ブザーは親機のボタンを押せばブザーが鳴る仕組みです。これなら、ご家族は音を手掛かりに探しものをすぐに見つけられます。
認知症の初期段階では、家族や周囲の人が様子を見たり、必要な部分のフォローをしたりすれば、それまで通りの生活を送れます。一人暮らしの継続も可能でしょう。
しかし、物盗られ妄想の症状が出現したら、介護サービスの利用を検討する段階にきたと考えましょう。さとみさんにも、そう伝えました。
認知症は徐々に進行していき、症状の悪化とともに介護を必要とする範囲が増えます。
いずれは介護保険サービスの利用が不可欠となるため、初期のうちに介護サービスに慣れてもらうようにします。
認知症が進行すると、新しいことに対して強く拒否するようなケースもあり、必要な介護サービスが上手く導入できないことが起こり得ます。
特に、在宅での日常生活を支える訪問介護やデイサービス、ご家族の介護負担の軽減にもつながるショートステイのサービスは、早期から取り入れるようにしましょう。
さとみさんのケースであれば、訪問介護を利用すれば家族が訪れる頻度を減らせます。
介護のプロであるヘルパーは、物盗られ妄想や認知症の方に対応するための知識もあるので、安心してお任せできます。
さとみさんのお母さまにデイサービスを勧めたときには、少し拒否をされました。
そのため、まずは体験で利用していただくことに。結果的にはデイサービスが楽しかったようで、利用の開始ができました。
訪問介護のヘルパーが自宅を訪問することに対しては、お母さまの受け入れは良好でした。
ヘルパーの訪問中にも、さとみさんに対しての物盗られ妄想はありましたが、ヘルパーが気をそらすような会話をし、少しずつ財布や通帳への執着が薄れてきたようです。
また、「しばらくの間は訪問を見合わすように」とアドバイスしたことで、さとみさんに対する攻撃も和らぎました。
お母さまは、もともと話好きな方だったそうです。ですが、母親が同じ話ばかりを繰り返すことや、また自分が犯人扱いされるのではなどと思うと、消極的に会話ができなかったようです。
さとみさんは、「必要最低限の会話しかできていなかったのかもしれない」と振り返り、改善する前の家族の対応は、本人にとっては満足がいくものではなかったのでは、と少し後悔もされていました。
家族以外との会話やデイサービスなどの外出は、周囲の人への気遣いも必要になり、自宅での過ごし方とは違ったほどよい緊張感が持てます。
ひとりであれこれ考える時間をなるべく減らすこと、そして「まだまだ自分でできる」と本人が自覚できる機会を持つことは、認知症の進行を予防するだけでなく、物盗られ妄想の症状の緩和にもつながります。
認知症の介護は長期間にわたり、身体的・精神的に相当のストレスがかかります。
認知症の症状と分かっていても、物盗られ妄想があること、ましてやその犯人にされるのはつらいものです。
同じ場所にものを片付けてもらう工夫や、見つけやすくする工夫で、もの探しにかかる時間は削減できます。
家族の負担を軽減できるよう介護保険サービスの利用も加え、認知症の症状と上手に付き合っていくようにしましょう。
著者:寺岡 純子
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