通常国会で介護保険法の改正を含む法案の審議が始まりました。その法案の中に、全ての介護施設・事業所に対して財務状況の公表を新たに義務付けることが盛り込まれています。【斉藤正行】
政府は2024年4月からの開始を目指しています。この新たなルールの策定には、様々な意図や思惑が隠されていると考えられます。その狙いを読み解くとともに、ルール化によりもたらされる介護事業者への影響について論考したいと思います。
まずこの施策の基本的な狙いは、介護事業者の経営実態の「見える化」を推進することにあります。
全ての事業所の財務状況が公表されることによって、介護報酬改定をはじめとする今後の政策の参考データを得ることができます。加えて、ご利用者やご家族、ケアマネジャーなどに対する情報開示にもつながり、サービス選択の参考情報を増やすこともできるでしょう。情報公開は世の中の大きな流れでもあり、必要な措置ではないかと感じています。
しかしながら、同時に危惧される点もいくつかあります。まずは、事業所の文書負担・事務負担の増大です。
どのレベルの財務情報を、どのような頻度で、どのような手段で公表することになるのか − 。具体的な議論はこれからですが、事業所の数字のみならず、例えば本社の販管費の事業所案分なども必要なら容易ではありません。事業所が本社と連携し、数字を精査したうえで公表することになるため、事務負担が非常に大きくなると予測されます。可能な限り簡素な仕組みを構築することが、ルール化に向けて重要であると思います。
また、こうした財務状況の公表の義務化はそもそも、財務省の提言に端を発していることにも注目すべきです。
財務省の意図は、より正確な経営実態を明らかにすることです。既存の調査(経営実態調査など)の正確性に対する疑義もあるのでしょう。全ての事業所の財務状況が公表され、より高い利益水準が示されれば介護報酬を引き下げる根拠を得られる、と期待しているのではないかと推察できます。
ただ、私は逆ではないかと思います。むしろより低い利益率、厳しい経営実態が明らかになり、財務省の思惑通りにはならないと予測しています。
財務状況の公表義務化とともに、もう1つ注目すべきことがあります。全国の介護施設・事業所に対し、職員1人あたりの賃金の公表を義務付ける検討が進められていることです。
処遇改善加算が適切に配分されているかどうかなど、経営の透明性を高めることが政府の狙いです。こちらも今後、詳細なルールが検討されていくことになります。
職員の賃金水準が公表されることによって、例えば処遇改善加算を未だに取得していない事業所や、処遇改善策を講じずに最低賃金ギリギリの給与を払っている事業所は、人材確保の観点からも大きなデメリットとなるでしょう。そのような事業所の賃金改善につながる可能性を秘めており、業界全体にとってプラスに寄与していくことも期待されます。
しかしながら、こちらも危惧すべきは、同様に財務省の提言から進められた施策だということです。
財務省は審議会で、「諸外国と比べて日本の介護事業所の労働分配率は低水準」とのデータを出しましたが、示された諸外国の多くでは介護保険制度が存在していません。そもそも土俵が異なる、保険外の自由な経営を行っている介護事業者と比較した数字を用いており、根拠に乏しい提言と言わざるを得ません。
私は財務省の考え方を、介護職に対する“公的な”更なる処遇改善策は不要であり、介護事業者の利益や内部留保から処遇改善を行うべき、というものだと捉えています。労働分配率の低さを強調しつつ職員の賃金水準を公表させるのは、介護事業者には十分な収益環境があって介護報酬を抑制することも可能、と主張していくことが狙いではないでしょうか。つまり、財務省によるマイナス改定に向けた布石と読み解くことができると推察しています。
財務状況の公表や賃金水準の公表を義務付けるのは、本来は歓迎すべき政策だと思います。ただ、こうした隠された意図を見据えながら、今後の詳細なルール化の中身を注視していくことが大切だと考えています。
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