東洋大学 高野龍昭准教授
次の2024年度の介護保険制度改正を議論する厚生労働省の審議会(社会保障審議会・介護保険部会)では、9月12日の会合で、要介護2までの訪問介護、通所介護を保険給付から総合事業に移行することに関する議論が行われました。
そこで示された厚労省の資料をみると、「総合事業の多様なサービスの在り方」の論点として、次のように記されています。
「市町村が、要支援者等のニーズや地域の実情を踏まえながら、各地域における総合事業の在り方を検討するのを支援するにあたり、生活支援体制整備事業の活用を始めとして、どのような方策が考えられるか」
これにあわせて、各種データを掲載した資料では、現状の総合事業について、それを担う事業者のほとんどが「従前相当サービス」で占められ、「A型(緩和された基準)」や「B型(住民主体の活動)」が極めて少ないこと、つまり「現行の総合事業がうまくいっていない」ことを示唆する図表などが多く掲載されています。
さらには、総合事業の各保険者における事業費の上限額について、「上限の超過は例外的な取り扱いであることを踏まえ、2021年度・2022年度において一定の見直しを行ってきている」と示されています。
これらから、私は、財務省の審議会が5月25日に示した『歴史の転換点における財政運営』のなかに記されている「軽度者(要介護2まで)へのサービスの地域支援事業への移行」については、厚労省サイドとして否定的に捉えている、と考えています。
つまり、2024年度制度改正での対応に向けて、「現行の総合事業を充実させるため、まずはその在り方を検討する」「総合事業の財政的コントロールについては、事業費の上限額の管理を厳格化する『手』を既に打っている」という理論武装をして、総合事業の拡大を先送りする方向の流れを強めている、と受け止めています。
拙速な類推は禁物ですが、各種メディアでは当日の介護保険部会で「総合事業への移行に慎重な立場からの発言が相次いだ」との報道もあり、2024年度改正でこのポイントの実施は見送られる公算が強くなったと考えられるのではないでしょうか。
また、9月7日には内閣官房で、今後の改革の全体像を話し合う「全世代型社会保障構築会議」が開催されました。
私は、ここでの会議資料に繰り返し示されている次の記述に注目しています。
「“未来への投資”として、子育て・若者世代への支援を強化し、少子化対策に大胆に取り組む」「今後3年間で団塊の世代が後期高齢者となる中、負担能力に応じて、全ての世代で、増加する医療費を公平に支え合う仕組みが必要」「超高齢化・人口減少下における国民目線での医療・介護提供体制の在り方も含めて、医療・介護制度の改革を前に進めるべく検討を」
この「全世代型社会保障改革」の基本的な考え方は、「現役世代への給付が少なく、給付は高齢者中心、負担は現役世代中心というこれまでの社会保障の構造を見直し、切れ目なく全ての世代を対象とするとともに、全ての世代が公平に支え合う」というものです。
つまり、今後の社会保障制度の改革は、子ども・子育て世代など現役世代への給付を重視すると同時に、高齢者には相応の負担を求めるということを基本として、改革を進めることを鮮明にしている、と方向付けていることがわかります。
その一方で、社会保障に関し「税負担や社会保険料などの国民負担を極力抑制する」といった近年の政府の方針は堅持されています。したがって、社会保障全体に用いられる費用は限定されるなかで「全世代型社会保障改革」を行うこととなります。
わかりやすく言えば、「限られた社会保障の費用のなかでやりくりを行い、現役世代の給付を増やし、高齢者世代の給付を見直す(=縮小させる)」という選択肢しかない、ということです。
この状況のなかで、次期介護保険制度改正で「保険給付の縮小=総合事業の拡大」が見送られることになると、その代わりの給付縮小策・高齢者世代の負担増の方策は不可避となる、とも考えられます。
こう考えると、2割・3割負担層の拡大やケアマネジメントへの利用者負担導入などの動きからは、目が離せなくなったと言ってよいでしょう。
今回紹介した「全世代型社会保障」という考え方は、2013年に与野党3党(当時)の合意のもとで示され、今日に至っています。
2013年時点のこの政策的考え方の中には、「徹底した給付の重点化・効率化」を進めるとともに、「社会保障の機能強化を図るためには、税や社会保険料の負担増は避けられない」「こうした負担について国民の納得を得る」と示されています。
つまり、そもそもの全世代型社会保障とは「国民負担を増やす議論を行って必要な財源を確保しながら、全世代型社会保障の体制を構築する」という趣旨のもとに示されたものなのです。
しかし、現在、この「国民負担(税・社会保険料)を増やす議論」が行われているようには見えません。実際、2013年以降、消費増税が2014年と2019年に実施されたほかは、国民負担に関する目立った政策動向はありません。
この消費税は1%あたりで約2兆円の増収効果があると言われています。単純計算すると、2014年以降に消費税は5%から10%へと5%の増率が図られ、 この間に約10兆円の増収効果があったことになり、これは比較的大きな金額のようにみえます。
しかし、8月30日に国立社会保障・人口問題研究所が発表した2020年度の社会保障給付費の総額は約132兆2000億円となっており、2015年度の約114兆9000億円と比較すると、この6年間に約17兆3000億円の増加を示しているのです。つまり、給付費総額の金額だけに着目すれば、消費増税分は「既に喰い潰している」形となっています。
ただ、近年の経済情勢では、国民負担(税や保険料など)を増やす議論を行うこと自体、困難なのかも知れません。
コロナ禍に対応する財政出動を起債によって行った結果、これまでの債務とあわせ、政府・自治体の財政状況の悪化は明白です。
しかし、経済情勢の停滞・悪化によって企業収益も悪化し、税負担や被用者の社会保険料負担に経済界自体が悲鳴をあげています。労働者にとっても、収入が目減りするなかで最近の物価高騰もあり、税負担や社会保険料負担を増やしてもよいという状況にはないようにみえます。
逆に言えば、国民負担を増やす議論が行われないままであれば、後期高齢者人口が急増するなか、介護保険の給付の維持・拡大をすることも、利用者負担の維持・縮小を図ることも難しく、政府の「打つ手」が限られることは自明のことです。
これらのことを理解したうえで、介護保険制度の見直し議論を注視する姿勢が重要となるでしょう。
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