今年4月から、厚生労働省に「ケアマネジメントに係る諸課題に関する検討会」が設置され、今後の介護支援専門員の業務のあり方などについて検討が進められています。【高野龍昭】
おそらく、近々なんらかの形で取りまとめが行われ、それが次の制度改正に向けた検討テーマの1つとなり、ケアマネジャーをめぐる制度・施策が見直されていくはずです。この意味で、検討会の議論の行方には注目しておくべきでしょう。
この検討会では、ケアマネジャーの法定研修のあり方についても検討が深められています。ケアマネジャーの中には、「資格更新制と法定研修が廃止されるのではないか」「そもそもそれらは廃止すべき」という声もあるようです。
しかし私は、ケアマネジャーの実践を経験してきた者として、そしてケアマネジメントの技術や介護保険・高齢者福祉の政策を研究している者として、ケアマネジャーの資格更新制や法定研修は必要不可欠であると考えています。
私がそう考える理由は以下の2点です。
介護保険制度をめぐっては様々なプレーヤーが存在します。私は、その中で最も重要な責任と権限を持っているのはケアマネジャーに他ならないと考えています。
居宅サービスを利用する高齢者の99%以上は、ケアプラン作成業務を居宅介護支援事業所に依頼しています。これにより、居宅介護支援事業所のケアマネジャーがケアマネジメント業務を行い、ケアプランを作成することになります。そして、そのケアプランに基づいて居宅サービス(保険給付)が提供されています。
そのうえで、ケアマネジャーは月ごとに保険給付の提供の実績を取りまとめ、それを給付管理票として国保連に提出します。国保連は、個々の高齢者の区分支給限度基準額に照らし、ケアマネジャーが提出した給付管理票に記載された単位数の合計がそれを超えていない限り、ほぼ無条件に個々の介護事業所へ介護報酬を支払います。
つまり、ケアマネジャーは、ケアプラン作成(相談支援とケアマネジメント)を担うことによって、実質的に「保険給付の支給決定権限」を有していることになります。
こうした権限を持っているのは、わが国の社会保険制度全体を見渡しても、医師や歯科医師などわずかな職種しか存在しません。この意味も含めて、「ケアマネジャーは介護保険制度の要」と呼ばれているのです。
各種の調査によれば、個々の給付管理票の合計単位数の平均は月1万3千単位から1万4千単位と報告されていますから、利用者35人を担当しているケアマネジャーの場合、単純計算で月額500万円近い保険給付について実質的に支給決定をしていることになります。これを年額に換算すると6千万円近くにのぼります。
これほどの金額の執行権限を持っているケアマネジャーですが、その養成課程は極めて貧弱です。
資格を取得するための養成教育は、筆記試験合格後の実務研修で行われますが、その時間数は87時間以上(2016年度以降)と規定されています。この時間数は、ケアマネジャーの養成が始まった1998年度には32時間以上でした。それが累次に増やされ、内容も充実されてきた経過があります。
しかし、いずれにしても、ケアマネジャーをこの程度のわずかな時間数の研修で養成してきたことは、資格更新制と法定研修義務化の前提として理解しておかなければなりません。
たとえば、看護師の養成課程(高卒後3年課程)の時間数は2895時間、介護福祉士の養成課程(高卒後2年課程)の時間数は1800時間です。ケアマネジャーの実務研修の20倍から30倍程度にあたります。
「ケアマネジャーになるためには、それ以前に5年以上の実務経験が必要とされているではないか」。
そんな反論もあるかもしれません。しかし、その実務の中でケアマネジメント業務を経験したわけではなく、ケアマネジメントに関する学習をしたわけでもありませんから、そうした指摘は的外れだと言ってよいでしょう。
ケアマネジャーは、利用者のアセスメントを通じて看護師や介護福祉士が提供する介護サービスの必要性を見極めて、それを保険給付の対象にするか否かを判断する権限を実質的に有しています。このため本来、他の国家資格の養成課程に匹敵する時間数で養成されるべき職種です。
この問題の根源は、介護保険制度の成立時に遡ります。
1997年12月に介護保険法が成立した際、そこから2000年4月の施行までのおよそ2年という短い間に、法定化されたケアマネジャーという新しい職種を5万人程度の規模で養成しなければならない、という政策的事情がありました。
当時の推計では、要介護者らは2000年に200万人を超えるとされており、介護保険制度が始動するためには、その全ての高齢者をケアマネジャーが担当する体制が必要でした。そのためには、ケアマネジャーの資格への門戸を医療・福祉の幅広い職種に開いたうえで、極めて短い時間数の研修で養成するほかありませんでした。
当時の政府内の審議会などでも、「ケアマネジャーの『裾野』をこれほどまでに拡げて良いのか」「この程度の研修で養成して、果たして『資質』は担保できるのか」という意見が交わされています。
こうした意味から、附与された権限と比較したとき、極めて貧弱な養成課程(実務研修)を補うために、ケアマネジャーには資格取得後の継続的な学修・研修の場が必要不可欠であると言えます。
ケアマネジャーの資格更新制・法定研修が始まったのは2006年度からです。この最大の理由は、ケアマネジャーの資質を疑わざるを得ない各種の調査データが明らかになったことでした。
2000年の介護保険制度の創設当初、ケアマネジャーは高い評価を得ていました。要介護者らひとりひとりを、介護ニーズに関する専門家が担当して支援する仕組みは画期的でした。
さらに、要介護認定の申請から介護サービスの利用まで、要介護者らにしっかりと伴走し、制度の安定的な運営にも大きく貢献した職種です。この時期のケアマネジャーは、まさに介護・医療分野の「花形職種」でした。
しかし、2001年に和歌山県で、ケアマネジャーが利用者の独居高齢者の金品を盗んだうえ殺害したという事件が起きてしまいました。以降、ケアマネジャーが置かれている環境や業務内容に関する様々な調査が行われることになりました。
その結果、
という指摘がなされました。このほか、
といった状況も明らかになり、政府内の審議会でも「ケアマネジメントの見直しが必要」と結論付けられました。
そこから、2006年度の資格更新制の導入、法定研修の義務化、主任ケアマネジャーの資格創設、地域包括支援センターの創設に至ったという経過があります。
その後も、政府内の審議会で「ケアマネジャーの作成するケアプランが『目標指向型』となっていない」「利用者の希望のみをニーズとして扱っている」という意見が相次ぎます。
それを受ける形で、2011年に厚労省内に検討会が設置され、そこで全国のケアマネジャーが作成したケアプランを分析するなどしたところ、
ということなどが明らかになりました。
これにより、2016年度からの法定研修のカリキュラムと時間数の大幅な見直し、主任ケアマネジャーの資格更新制の導入に至りました。
その後も、
と言った指摘から、「適切なケアマネジメント手法」が開発されました。それをケアマネジャーが学ぶ必要性があることから、2024年度からの法定研修カリキュラムの見直しに至っています。
つまり、ケアマネジャーの資質に対する疑義が繰り返し指摘され、それに対応するための方策として資格更新制や法定研修の義務化、それらの厳格化が進められてきた経過があるわけです。
したがって、こうした指摘に抗いうる資質をケアマネジャーが備えていることが明らかにならない限り、資格更新制・法定研修義務化をなくすべきではないと考えられます。
私は、各地で「ケアプラン点検」を毎年300件ほど、地域ケア会議(個別会議)のアドバイザーとしてケアマネジャーの担当事例に毎年40件ほど関わっていますが、そこでのケアマネジャーの姿勢や力量、そして法令遵守の状況は、多くのケースで疑問視せざるを得ません。
このことも含め、現時点で更新制や法定研修を廃止することを考え得る状況にはないと言えます。
上述のように、私はケアマネジャーの資格更新制・法定研修義務化は継続されるべきであると考えています。
そして、それらが廃止されるようなことになれば、ケアマネジャーに対する社会的評価は低下し、政策上の重要な立場も損なわれ、そのために処遇改善策も講じられず、ますます人材確保を難しくさせるようになるはずだ、と推測しています。
しかし一方で、法定研修の受講のための様々な負担は、ケアマネジャーに重くのしかかっていると思います。それが業務負担を更に重くしていること、人材確保を難しくさせていることも確かでしょう。
この意味で、資格更新の期間の見直しや法定研修の受講方法の見直し(*)、さらに資格取得の前提条件とされている実務経験の年数の見直しなどはあって良い、と私は考えています。
* オンライン・オンデマンド化、複数年にわたる受講を可能とする「単位制」の導入、受講費用の軽減、時間数の見直しなど
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